![]() 人魚書房店長・千野帽子です。チノボーシカと呼んでください。 日々の暮しのなかで、読書は神さまがくれたおやつ。人魚書房は、本好きのお客さまに上等のおやつ時間を提案します。お急ぎでなければ、どうぞお寄りください。 当店の屋号は、ニューヨークを舞台とするエルマー・ライスの『夢みる乙女』(1945年)で22歳のヒロインが友人と女子ふたりで経営している小さな本屋さん、マーメイド・ブックショップからいただきました。 角田光代『愛がなんだ』 −サンプル− 恋愛小説というものが、いまだにぴんと来ません。 本屋の文芸書売り場には、新刊の恋愛小説が積んであります。これを買う人はなにを求めているんだろう。 人間にとって大事なのに、学校でまじめにあつかわないものを、わざわざあつかうのが文学である、という説があって(秋山駿『恋愛の発見』)、その学校であつかわない二大要素が、犯罪と恋愛なのだそうです。たしかにどっちも、学校ではやりかたを教えてくれません。 でも犯罪と違って恋愛は、周囲でいろんな人がやっているのをなんとなく見ている。うまくいくかどうかはべつとして、自分でもやったことがある。恋愛は「読むか読まないか」ではなく「するかしないか」だ、とこっちはそういう頭でいます。 ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』とかオースティン『分別と多感』みたいな外国の、しかも大むかしのやつなら、恋愛周辺の風習やルール(やるべきこと、やっちゃいけないこと)が自分の周囲の社会と違っていて、それ目当てで読んでいるうちに手に汗握ったりすることがよくあります。しかし現代が舞台で、登場人物も身近そうな人だったりすると、それだけで後回しになってしまう。 さて、角田光代という作家をここで取り上げます。ハイペースで出版される彼女の小説のほとんどに、「おつきあいしている男女カップル」が、たいていメインで登場しているにもかかわらず、どの小説もみごとに「非・恋愛小説」なのには驚くのです。 帯や文庫本の背表紙に「恋愛小説」と書いてあっても、そう思って読むと必ず肩透かしを喰らう。そこがこの作家の尽きせぬ魅力なのでした。 彼女の長篇小説でどれか一篇ということなら、2003年発表の『愛がなんだ』(角川文庫)でしょう。文庫版の帯には〈<全力疾走>恋愛小説!〉と書いてありますが、例によってこんなものは無視して構いません。
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